京都地方裁判所 昭和58年(ワ)126号 判決
一 請求の原因1及び2(一)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いがない事実及び成立に争いがない甲第一号証(別紙実用新案公報)、弁論の全趣旨によつて成立が認められる同第九号証(鑑定書・添付資料を含む)によると、本件考案の構成要件は、請求の原因2(一)の(1)ないし(3)のとおりであること(但し、(2)の中に独立した二つの要件が含まれることについては、後述のとおり)、及び、本件考案は、右のような要件からなることによつて、請求の原因2(二)の(1)(2)のような作用効果を有することが認められ、この認定に反する証拠はない。
これに対して、被告は、右のような作用効果は本件考案自体がもたらすものではないと主張するが、前記別紙実用新案公報の記載自体に照らして採用しない。
三 次に、(イ)号製品の構成及び作用効果について検討する。
1 被告は、被告が業として製造販売している製品は(ロ)号製品であつて、(イ)号製品ではないと主張し、(ロ)号製品では、エンボスフイルム(A)の和紙(5)の表面には、和紙が本来有する凹凸以外にエンボス加工による凹凸は事実上現出していないこと、及び、(ロ)号図面の(7)は接着剤であつて(イ)号図面の水溶性合成樹脂<6>ではないと主張する。
しかしながら、前掲甲第九号証、弁論の全趣旨により成立が認められる同第六、七号証、同第八号証の一、二によると、被告の製品でも、エンボス加工後のエンボスフイルム(A)の和紙(5)の表面には、和紙本来の凹凸以外にエンボス加工による凹凸が生じており、かつ、このエンボスフイルム(A)の和紙(5)の面を貼着して得たシート(C)の接着剤(7)の層は、約二〇ないし三〇ミクロンの厚さがあり、和紙本来の有する凹凸のみならず、エンボス加工によつて生じた和紙面の凹凸をも埋める状態で塗布されていることが認められ、この認定に反する証拠はない。
また、弁論の全趣旨によると、被告の製品では、接着剤(7)として、樹脂成分を水中に乳化分散させたエマルジヨンタイプの接着剤、例えば酢酸ビニール樹脂エマルジヨンのごときものが使用されていると推認されるが、これらの接着剤は、水で希釈され、その物理的特質も本件考案の作用効果との関係では、ポリビニールアルコール等の水溶性合成樹脂と同効の物質である。
その他の構成では、(イ)号製品と(ロ)号製品に相違はない。
そうすると、(イ)号図面及び(イ)号図面説明書は、被告が業として製造販売している製品を模式的に表現したものであるということを阻げないから、被告は、右(イ)号製品を業として製造販売していることになる。
2 以上の事実、及び、原告が請求の原因5(二)(3)で主張している被告の製品の現実の製造工程(被告はこれに対して何ら具体的な反論をしていないから、これを自白したものとみなす)、並びに前掲甲第九号証によると、(イ)号製品は、次のような構造上の特徴を有する織編物用金銀糸であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 和紙<5>の一面に接着剤<4>を介して酸化止めコーテイング層<3>を形成し、更にこの面上にアルミニウムその他の金属の蒸着層<2>を介してポリエステルフイルム<1>を形成してなるフイルムに、エンボス加工を施してシートを形成し、
(2) そのシートの和紙<5>面に、エマルジヨンタイプの樹脂系の接着剤<6>を、(エンボス加工によつて生じた)和紙<5>の凹部分にも埋入する程度に塗布し、シート二枚の和紙側を内面として貼着してシートを形成し、
(3) そのシートを細幅に細断してなる織編物用金銀糸
3 そして、(イ)号製品は、右の構造上の特徴を有することによつて、本件考案と同一の作用効果を実現しているものと推認される。
4 以上によると、本件考案と(イ)号製品とは、本件考案が(Ⅰ)エンボスフイルムAの和紙5側凹凸面にポリビニールアルコール等水溶性でかつ常乾型の合成樹脂層6を平滑に塗布形成してなるシートBを、(Ⅱ)互いに合成樹脂層6面を内面として適宜接着剤7で貼布してシートCを形成するとしているのに対して、(イ)号製品では、シートCを形成する過程で使用する接着剤そのものをエンボスフイルムの和紙<5>側凹凸面に直接塗布しており、平滑に塗布形成された合成樹脂層6を欠く点で、本件考案と相違しているが、その他の構成及び作用効果では、すべて一致しているといわなければならない。
5 これに対して、原告は、(イ)号製品の製造工程、合成樹脂でもある接着剤の大量の使用とこれがエンボス加工による和紙面の凹部を埋め尽していること等をあげて、(イ)号製品でも、本件考案の合成樹脂層6が形成されていると主張する。
しかしながら、被告の製品の接着剤の層は、前記認定のとおり約二〇ないし三〇ミクロンの厚さのものであるところ、前記甲第九号証の添付資料5によると、酢酸ビニール樹脂エマルジヨン接着剤によるアルミ箔と濾紙との接着の場合に、接着剤塗布量二〇ミクロン程度までは、はく離強さが増強することが示されていること、及び、表面が平滑でなく、エンボス加工によつて凹凸の生じている和紙の凹凸面同志を接着する場合に、通常の量以上の接着剤を塗布することは、技術的にも当然のことであると考えられること、さらにその結果、エンボス加工によつて生じた凹部が埋められると、2プライの工程でのエンボスの戻りが防止される効果が生まれる以上、それに適した量の接着剤を塗布することは、当業者としてあたりまえのことであること、前記甲第九号証の添付資料5によると、別紙参考図のような接着工程(ドライボンデイングないしセミドライボンデイング)は、エマルジヨンタイプの接着剤を使用する場合の通常の接着工程の一種であると認められること、並びに、後述するような本件実用新案の審査過程でなされている本件考案の合成樹脂層6の意義の限定に照らすと、(イ)号製品の接着剤<6>は、いまだ接着剤の概念を超えるものではなく、これが、本件考案の合成樹脂層6に該当するということは無理である(甲第九号証のうち、右に反する記載部分は採用しない)。
6 まとめ
被告は、(イ)号製品を業として製造販売しており、(イ)号製品と本件考案は、本件考案の合成樹脂層6を欠く点でのみ相違し、その他の構成及び作用効果では全く一致している。
四 そこで、以上のような構成を有する(イ)号製品が、本件考案の技術的範囲に属するかどうかについて検討する。
1 前掲甲第一号証、同第九号証(添付資料を含む)、成立に争いがない乙第一ないし第五号証、同第八号証、同第一四号証によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 本件考案の登録請求の範囲には、「エンボスフイルムAの和紙5側凹凸面に、ポリビニールアルコール等水溶性でかつ常乾型の合成樹脂層6を平滑に塗布形成してなるシートBを、……適宜接着剤7で貼着して形成したシートC」と記載され、考案の詳細な説明にも、右同様の記載のほかエンボス加工により梨地面が形成される和紙面にポリビニールアルコール等の合成樹脂層を埋入させるため、紙質が変わらず、柔軟な金銀糸が得られ、金銀糸のエンボス効果を助長させて錆むらを解消すると同時に、エンボス効果ひいては錆光沢を一定にすると記載され、図面にも、合成樹脂層6と接着剤7とは区別して示されている。
(二) 原告は、本件実用新案の審査過程において、昭和五二年一〇月一三日付拒絶理由通知書に対する同年一二月二六日付意見書の理由で合成樹脂層6の意義を強調し、また、後述の菜子義昭の実用新案登録異議に対する昭和五四年七月三〇日付答弁書でも、合成樹脂層6を平滑に塗布形成してなるシートBを構成することを本件考案の独立した構成要件の一つとして掲げて強調している。
(三) 本件実用新案の出願公告に対しては、二件の実用新案登録異議の申立がなされ、異議申立人尾池工業株式会社が、公知例を引用して「(本件考案と同様の構成の)フイルムにエンボスを施し、えられたエンボスフイルムを二枚、和紙側を内側にして接着剤を用いて貼合わせ、えられたシートを細断して金銀糸をうる程度のことは、極めて容易に想到実施しうるところである。」(昭和五四年一月三一日付実用新案登録異議申立理由補充書六頁)、「本願考案においては、和紙5側の凹凸面に、合成樹脂層6を平滑に塗布形成するように規定されているが、一般に金銀紙におけるエンボスは凹凸の極めてわずかなものであるから、合成樹脂を塗布すればその塗布面が平滑に仕上がるのは当然であり、何ら格別の工夫とは認められない。」(同書八頁)と主張したのに対し、原告は、「(公知例には)和紙と銀箔代用物との構成物を二枚、和紙側を内側にして貼合わせる技術が存在するだけであり、『エンボスフイルムAの和紙5側凹凸面に合成樹脂層6を平滑に形成してなるシートBを互いに合成樹脂層6面を内面として適宜接着剤7で貼着すること』は明記されていない。」(同年七月三〇日付実用新案登録異議答弁書一〇頁)、「本願考案では『係るエンボスフイルムAの和紙5側凹凸面に、合成樹脂層6を平滑に形成してなるシートBを互いに合成樹脂層6面を内面として適宜接着剤7で貼着する』のであり、『和紙を基材とする蒸着フイルムを二枚、和紙側を内側にして接着剤を用いて貼合わせる』のではない。」(同書六、七頁)、「本願考案では、所要(比較的凹凸の大きい)エンボス加工によつてできた和紙側の凹凸面の凹部に対して合成樹脂液を詰め込む塗布を行うものであり、……凹凸面の凸部には合成樹脂層6はない。」(同書一一頁)と反論し、また、異議申立人菜子義昭が公知例を引用して「本願考案の要件b(和紙5側凹凸表面にPVA等水溶性で常乾型の樹脂層6を塗布することにより平滑面を形成したシートBを得ること)は、前記エンボスフイルムAの和紙側に平滑化用の水溶性常乾型樹脂層6を型成((ママ))する点にあり、これは和紙5の材質を変化させないために行うとのことである。しかしながら、このような配慮は、和紙を台紙とする従来普通型の金銀紙においては種々なされてきたことであり、本願考案のごとき素材貼合わせ(両面)方式のものにおいては、和紙と和紙を直接接着する樹脂の選択及び調合によつて同様の効果を得ているものである。」(同年二月五日付実用新案登録異議申立理由補充書六頁)、「(和紙5に適用される)ポリビニールアルコールなどの水溶性合成樹脂が紙などの接着剤として広く使用されることは元より周知であり、本願考案において合成樹脂層6とシートBを接着する接着剤7が一体に形成される限り、該合成樹脂層6がシートBを接着するための接着剤の一部として働くことは明らかであり、その接着剤に上記の如き水溶性合成樹脂を選んだからといつて何ら進歩性を有するものとは考えられない。」(同年同月六日付同申立理由補充書(第二)四頁)と主張したのに対し、原告は、「(公知例には)和紙の材質の変化を防止するためのものはあるが、エンボスの戻りを防止するためにエンボスフイルムAの和紙側の凹凸面における凹部に合成樹脂液(水溶性で常乾型のもの)を埋入させる塗布の技術はない。」(同年七月三〇日付実用新案登録異議答弁書六頁)、「合成樹脂層6は接着剤ではなく、一定の塗布に基いたエンボスの戻り防止、紙質の変化防止などの機能を営むものである。」(同書一〇頁)と主張した。
2 そこで、以上認定の本件考案の登録請求の範囲等の記載、各異議申立人らの異議理由とこれに対する原告の反論の意義について考えてみると、右のような記載や論争の背景には、本件出願当時、過去の多くの公知例に照らして、本件考案と同様の構成をとるポリエステルフイルムにエンボス加工を施してシートAを構成し、そのシートAの和紙側を接着した上でこれを細断して織編物用金銀糸を製造することは、当業者にとつて極めて容易に想到されるところであり、その場合に、接着剤として水溶性合成樹脂を使用するならば、接着剤自体が自然にエンボス加工によつて生じた和紙5の凹部にも埋入される結果となることは、当業者にとつて自明のこと柄であり、その結果エンボスの戻りが防止されたとしても、そのこと自体には、特段の工夫や進歩性が認められなかつたという事情があり、そのために、原告は、前記のとおり本件考案の登録請求の範囲で、エンボスフイルムAの和紙5側凹凸面に合成樹脂層6を平滑に塗布形成してシートBを構成することと、これを接着剤7によつて貼付することとを区別して記載し、異議申立人らに対する反論として、合成樹脂層をエンボスフイルムAの和紙面の凹部にのみ埋入させること及び合成樹脂層6が接着剤7でないことを特に強調したものと推認される。
そうすると、原告は、本件考案の登録に際し、和紙面の凹凸面の凹部にあらかじめ合成樹脂を平滑に塗布することなく、和紙面に直接接着剤を塗布するだけで二枚のシートを貼着する技術を、本件考案の技術的範囲から意識的に除外したとしなければならず、(イ)号製品は、まさに原告が意識的に除外した技術の範疇に属することが明らかである。そうすると、(イ)号製品は、均等を論ずるまでもなく、本件考案の技術的範囲に含まれないものとするほかはない。
3 また、仮りに、和紙面に直接接着剤を塗布するだけで二枚のシートを貼着する技術のすべてが本件考案から意識的に除外されたとまではいえないとしても、前記登録請求の範囲等の記載及び出願審査過程での原告の主張によると、和紙側の凹凸面に合成樹脂層6を平滑に塗布形成することは、単なる製造方法の記載にとどまるものではなく、本件考案の独立した必須の構成要件の一つであるといわざるを得ない。
そして、前記認定の出願審査過程での原告の主張に照らすと、和紙面に直接エマルジヨンタイプの合成樹脂系接着剤を塗布した結果、その接着剤がエンボス加工による和紙面の凹部にも埋入された場合、これを本件考案の合成樹脂層6と均等なものであると主張すること(請求の原因5二の(1)、(2)及び(4)の主張)は、出願審査過程の自らの主張と相矛盾するもので、包袋禁反言の法則に照らして許されないものとするほかはない。
そうすると、(イ)号製品は、前記のとおり本件考案の必須の構成要件の一つを欠くから、本件考案の技術的範囲に含まれないことに帰着する。
五 結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、本件請求は、理由がないから棄却することとする。